大量の文献資料の受け入れに伴う冷凍殺虫処理の例

 博物館で貝類学者・大山桂博士の蔵書の寄託を受け入れることになりました*1。大山桂博士(1917-1995)は文献記述を重視する研究スタイルから、個人で大量の文献を収集していました。この蔵書は大山博士が晩年に研究員を勤めた鳥羽水族館で保管されていましたが、長期保存により適した環境に置くとともに、調査研究・普及教育での活用を進めるため、当館に寄託されることになりました。18〜19世紀の西洋の貝類図譜を含む、書架延長約270メートルという超弩級の文庫で、貝類学ではおそらく東アジア最大級です。この蔵書を受け入れるにあたり、問題になったのは燻蒸(殺虫)処理です。鳥羽水族館での蔵書の保管場所は害虫の非管理下だったため、博物館の収蔵庫に入れるにあたって燻蒸処理が必要でした。移送に伴う大量の文献資料の殺虫処理はあまり例がないと思いますので、メモがてら記録をしておくことにします。


 計算すると、受け入れ予定の蔵書は段ボールで約700箱もありました。この分量を自前で薬剤燻蒸するのはほぼ不可能です。図書の燻蒸を請け負うある専門業者に尋ねたところ、みかん箱1箱で6000円程度(=700箱で420万円)とのことで、外注も予算的に全く現実味がありませんでした。


 そのため、今回は冷凍処理を行うことにしました。幸い、冷凍倉庫を安価に提供してくれるところが見つかりました。この倉庫の広さは問題なく、維持温度は-25度Cとのことです。安全をみると冷凍殺虫は-20度Cで最低7日間と言われていますが*2、今回はスケジュールの都合で-20度C×5日間(目標温度到達に1日間で処理期間は計6日間)という設定にしました。冷凍殺虫を検討したデータ*3をみる限りでは、まあ5日間でもぎりぎりセーフかなと思います(IPM的には望ましくありませんが)。水族館で梱包後、冷凍倉庫にパレット積みで搬入、6日後に搬出して博物館へ移送、搬入して開梱・配架という流れです。



(冷凍倉庫内)


 冷凍殺虫で問題になるのは温度変化に伴う処理資料への結露です。これを防ぐには冷凍時に対象資料をビニール袋などで密封する必要があります。少量ならさほど気になる作業ではありませんが、段ボール700箱となると話は別で、このプロセスの省力化は必須です。ここでは水族館の方のアイデアが役に立ちました。水族館で魚などを飼育水とともに移送する際の梱包方法を使うことにしました。


 ポイントはビニール袋の口の縛り方にあります。袋の口を大きい輪ゴムを使って下図のように縛ります。簡単に言うと、袋の口を絞って輪ゴムをかけて数回巻いて縛ったあと、袋の口を折り曲げて上からさらに数回巻く、という方法です。慣れると数秒でできます。この縛り方には、折り曲げた袋の口を持ち上げる(白矢印⇨)と、そのまま輪ゴムがほどけて簡単に開けられる、という利点もあります。もとより密封性が高いので、今回の目的に適っています。





(この写真では、口をほどく際に輪ゴムが切れています)


 今回は段ボールの大きさが32×45×30cm(運送会社が使う一般的なもの)で、ビニール袋は0.04mm厚、86×100cmのサイズを用いました。この大きさだと段ボールの中で十分余裕があります。この袋を段ボールに入れたセットを作っておき、文献資料を詰める→袋の口を縛る→箱を封かんする、という流れです。袋の厚みについては家庭用のゴミ袋(0.02〜0.03mm厚)でも結露防止という目的は果たすと思いますが、梱包作業時に本の角などがあたってピンホールを生じるリスクがあるかもしれません。86×100cmというサイズは、だいたい90リットルゴミ袋に相当するようです。


 念のためということで、結露を検知するシールを細長く切った紙に貼り、1箱につき1枚、しおりのようにはさんでから梱包しました。使ったのは日油技研工業株式会社の「デューラベル」*4です。結露があると検知部の色が不可逆変化します。主に稀覯書の200箱分に封入しましたが、すべての箱において結露は検知されませんでした。なお、検知部は本から露出させるよう気をつけましたが、シールの説明書には「多量の水滴が付着すると色素が流出し、周辺を汚すことがあります」とあり、本来は書籍には用いない方がよいかもしれません。




 ビニール袋の使用と結露検知ラベルの封入という余分な作業が追加されましたが、梱包・開梱時の手間や時間にはそれほど影響しなかったと思います。運送会社の方との事前打ち合わせで作業意図をご理解頂き、手順確認ができたことも大きかったと思います。


 確認用に、分厚い本を1冊選んでページの間に温度センサーをはさみ、ログを取りました。意外だったのは、冷凍倉庫から搬出してから丸1日近くは氷点下だったことです。真冬で多くの段ボールをかためて積載していたことが大きいと思われますが、十分な時間を置かないと条件によっては開梱時に結露する恐れがある、ということかと思います(室温到達まで1日置くことは、Strang (1997)でも指摘されています)。



 搬入から8ヶ月が経ちましたが、今のところ害虫の発生は確認されていません。搬出前の害虫発生状況をチェックしたわけではありませんが、今回の冷凍処理は問題なくできたものと考えています。



(収蔵状況)

*1:http://www.omnh.net/whatsnew/2014/09/post_175.html

*2:Strang, T. J. K. (1997) Controlling insects pests with low temperature. CCI Note, 3/3:1-4. https://www.cci-icc.gc.ca/resources-ressources/ccinotesicc/3-3_e.pdf

*3:Strang, T. J. K. (1992) A review of published temperatures for the control of pest insects in museums. Collection Forum, 8(2):41-67. http://www.midwestmuseums.spnhc.org/media/assets/cofo_1992_V8N2.pdf#page=3

*4:http://www.nichigi.co.jp/products/samo/products/dl.html

「国立自然史博物館」構想に対するいくつかの考え

2月17日(月)に西日本自然史系博物館ネットワークの研究会がうちの館であり、その第2部で「国立自然史博物館」構想という話が馬渡駿介さん(北大名誉教授)からありました。これは自然史系標本の集約的な収蔵機能を持ち、かつ高度な研究機能を担う機関を日本も作るべきである、というお話でした。それに対してうちの佐久間さんが、これから国立の自然史博物館を作ろうとするのであれば地方の博物館をサポートするような機能を持ち、博物館ネットワークを支える役割を持ってほしい、という話でした。(この話題提供の中には自然史標本を文化財と同格の「自然史財」として位置づける法改正の提案もあり、国立自然史博構想と不可分ではあるのですが、ひとまずこの話はおいておきます。)


今の私にとっては目の前の標本をどうするか、博物館をどうするか、ということに関心があるわけで、やはり地方の博物館に携わる身としては、佐久間さんの意見には大いに与するところです。自然史学会連合の博物館部会でも、東日本にも西日本のようなネットワークがほしいけどそのコアになる組織づくりが難しい、という意見があるわけで、これは重要なニーズであり、そしてシーズではないかと思います。


ただ、先日の研究会がそういう議論に踏み込めなかったので、では具体的にどういう機能があればいいのだろう、というのを自分で考えてみることにしました。思いつくままなので、あまり脈絡がないかもしれませんが。


・保存科学の研究拠点を作る
 日本では、自然史標本の保存科学を専門にやっている人はいないように思われます(ひょっとしておられるんでしょうか。私が知らないだけ?)。何かしらみんな経験と口コミでやってるところがあって、それは大方うまく行ってるのですが、科学的根拠があるかというと微妙なところもあります。例えば北陸の館に勤務した経験から言うと、日本海側と太平洋側で外気の温湿度環境は相当異なるため、太平洋側の人たちの空調管理の考え方が通用するかというと、そうではありません。こういう日本特有の問題なり、もっと基礎的な保存科学を究める拠点はあってもいいのではないかと思います。これを地方で個別にやるのは、かなり厳しい。


・遺伝情報の資料保存機能を作る
 普通の標本の保存は地方の博物館でもできるのですが、遺伝情報を読むための資料の長期保存(例えば極低温管理)は難しいでしょう。地方の資料保存は地方で、という考え方は維持すべきですが、遺伝情報の資料については集約的に保存するのが現実的なように思います。例えば、地方の博物館で生物標本を作ったら、その組織の一部を国立自然史博に送る、国立自然史博はDNAバーコーディングをして同定結果のフィードバックをするand/orデータベースに登録する、国立自然史博は本体標本の保管情報(その博物館の登録番号)とひも付けして資料を遺伝情報用に収蔵保管する、という仕組みはどうかなあと思います。地方の博物館にしてみたらよくわからない分類群の生物の同定結果を知る一手段になるし、国立自然史博にしてみたら自動的にサンプルが全国から集まってくるわけで、何かしら面白いことができそうな気がします。


・情報ネットワークサービスを作る
 これは例えばサイエンスミュージアムネットなどの形ですでに科博が提供してくれていますが、さらに発展させる余地はあるでしょう。古い文献・写真・動画のアーカイビングをサポートしてくれたらありがたいと思います。あるいは、これは以前から思うことですが、地方の博物館向けに電子ジャーナルのアクセス権を国が確保してくれたらありがたいなあと思います。もちろん、地方は情報をくれというだけでなくて、持っている情報を発信する必要もあります。例えば各地のセミナーだとか観察会の動画を集約してネット配信する、というのは面白そうです。


 など、適当に思いついたままですが、また何か出てきたら追記して、そうすれば何かしら一般論として総括できるかもしれません。この研究会で出た話の一つは国立自然史博の設立がジョブマーケットの創出(=若手の就職先)になる、という点だったのですが、私としては「ハコ」を作ればジョブマーケットができる、という発想はあまり好きではありません。ジョブマーケットのことを言うのであれば、既存のインフラ・リソースである地方の博物館の調査研究なり、資料収集・保管なり、普及教育なりをサポートしてその活動環境をよくすることも、実質的にジョブマーケットの拡大につながる手だてだろうと考えています。優秀な若手の人たちの活躍の場が増えるのではないかと。


まだ考えがまとまっていない部分もありますが、もし、何かご意見があれば、ぜひお聞かせください(あと、個々人の方の発言の解釈が間違ってたら、指摘してください)。


第22回自然史標本データ整備事業による標本情報の発信に関する研究会
生物多様性インベントリーの活用と自然史標本の文化財化」
http://www.naturemuseum.net/blog/2014/01/2014217_22.html


(佐久間さんの当日のスライド)
http://www.slideshare.net/sakumad/2014-31315890

Nature Study12月号「イソカニダマシにだまされていた話」おまけ動画

しばらく日記の更新ほったらかしでした。すみません。さて、今日あたり会員の皆さんに届く大阪市立自然史博物館友の会会誌「Nature Study」の連載記事「小難しい学芸員のやさしい小咄」ですが、今月は私が担当です。「イソカニダマシにだまされていた話」という小咄を書いていますが、そこに出てくる動画はこちらでご覧になれます。


■「イソカニダマシの摂餌行動」(動物行動の映像データベース)
http://www.momo-p.com/index.php?movieid=momo131115pj01b


記事を読みたい方は、ぜひ友の会会員になってください。

http://omnh-shop.ocnk.net/product/1425

大阪湾展の目玉展示(その13)「ウミホタル飼育展示」

いつまでもつかわかりませんが・・・8月17日(土)に岬町淡輪海岸で行われた友の会月例ハイキング「ウミホタルをみよう」で採集してきたウミホタルを、翌18日から水槽で飼育展示しています。もしこの週末までもってくれたら、発光ショーとかできないかなあと考えています。



発光するウミホタル(8月17日に淡輪で撮影)


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大阪市立自然史博物館 特別展「いきもの いっぱい 大阪湾 〜フナムシからクジラまで〜」
http://www.mus-nh.city.osaka.jp/tokuten/2013osakawan/index.html

大阪湾展の目玉展示(その12)生きた生きた化石『スズメガイダマシ』

なんやかんやでお盆になってしまいました。連日お暑うございます。大阪湾展も連日盛況でありがたいことです。そんなわけで、今回の目玉展示は水槽展示からです。200リットルの水槽で大阪湾の磯の生き物を展示しています。6月ごろから湾内の磯を回って、これよさそう、というものを手当たり次第に選んではほりこんで飼育しています。そのなかで、明神崎(岬町)で腕足動物(盤殻類)のスズメガイダマシ (Discradisca stella) がいたので岩ごと持ってきて飼育していました。で、たぶんだれもわからないので、ガラスに養生テープを貼ってマジックで「スズメガイダマシ(腕足動物)岩の上の丸いやつ」と書いておいたのでした。それでしばらくほったらかしていたのですが、最近、とある地学担当の学芸員から「生きた腕足動物を展示してるなんて、地学的には目玉だから、もっと宣伝しないと!!」というありがたいお言葉を頂いたのでした。確かに腕足動物は古生物としてはメジャーですが、現生は400種ぐらいという「生きた化石」です。なので、「生きた生きた化石」を展示しているわけです。何言ってるかよくわかりませんが。


スズメガイダマシは大阪湾海岸生物研究会の定点調査で2000年代初頭に初めて確認され、幻の生き物が大阪湾でも見つかったと話題になりました。が、それ以降は定点で普通に見つかるようになり、最近は見つけても大騒ぎしません。それ以前からいたけど見つけられていなかったのか、この10年で定着・増加したのか、その点はよくわかりません。


なお、水槽のスズメガイダマシは1個体だけですが、機嫌のよい(?)時は傘を上にあげているので、触手冠を観察することができます。



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大阪市立自然史博物館 特別展「いきもの いっぱい 大阪湾 〜フナムシからクジラまで〜」
http://www.mus-nh.city.osaka.jp/tokuten/2013osakawan/index.html

大阪湾展の目玉展示(その11)「明治38年発行の大阪湾の海図」

沿岸開発が始まる前の大阪湾の本来の海岸線を正確に知ることができる資料として、1905(明治38)年に作られた大阪湾の海図(日本水路部発行「和泉灘及播磨灘」)を期間限定で8月1日(木)から9月1日(日)まで展示します(月曜は休館)。これは大阪府立中央図書館所蔵のものです。明治期の海図は現存数が少なく、貴重な資料です。


明治時代の海岸線の測図という点では、いわゆる迅速測図よりも海図の方がはるかに精度が高いようです。さらに、海図には水深や底質(粒度など)も記されているので、沿岸のマクロな景観はほぼ再現できます。当時の海図は松林まで書かれているので(手近なランドマークだったのでしょう)、当時堺市から岬町までは延々と白砂青松、遠浅の浜が続く風景であったことがよくわかります。


なお、この海図は大阪湾の部分のみ、特別展の展示解説書「大阪湾本」に転載しています。解説書はミュージアムショップのオンライン通販でも買えます(が、この機会にぜひ一度実物をご覧下さい)。



(ちなみに今日は資料借用で図書館まで電車で行ってきました。借用資料を電車で運ぶというのも緊張します。どこかに置き忘れたらたいへんなので、手提げケースにヒモをつけて、手首にくくりつけて帰ってきました)


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大阪市立自然史博物館 特別展「いきもの いっぱい 大阪湾 〜フナムシからクジラまで〜」
http://www.mus-nh.city.osaka.jp/tokuten/2013osakawan/index.html

大阪湾展の目玉展示(その3-2)「巨大タコつぼ」のピンチ

特別展がオープンして2日目に追加された巨大タコつぼの注意書き。


正義の味方・自然史博物館は、今日も大阪の悪(ガキ)と闘うのであった(つづく)。



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大阪市立自然史博物館 特別展「いきもの いっぱい 大阪湾 〜フナムシからクジラまで〜」
http://www.mus-nh.city.osaka.jp/tokuten/2013osakawan/index.html